——多幾宏平[マーケティングリアルティ]
【第14回】マーケティング視点の不動産投資講座
都心の複合ビルを見渡すと、「下層階がオフィス、上層階がホテル」という構成をよく目にします。しかしオフィスとホテルが同じ建物の中にありながら、両者のエントランスは別々に設けられ、動線もセキュリティも完全に分断されており、そこには一切の相乗効果が生まれていないのが現状です。
もし、この壁を取り払い、ホテルとオフィス、さらにはホテルに付帯されるウェルネス(フィットネス・スパ)の境界線をなくして統合したらどうなるでしょうか。これが机上の空論ではなく、現実の不動産市場において圧倒的なプレミアムを生み出している事例が、ニューヨークのハドソンヤードにある「Equinox Hotel」です。

Equinox Hotel New York ©Equinox Hotel New York
全米で高級フィットネスクラブを展開するEquinoxが手掛けたこのビルは、巨大なオフィスフロア、世界最大級の旗艦ジム&スパ、そしてラグジュアリーホテルが統合されたものです。ホテルの宿泊者は、この最高峰のジムやプール、スパ、そしてラウンジ(ワークスペース)を活用できます。一方で、ハドソンヤードにオフィスを構える企業の従業員たちもクラブの会員となり、同じ空間で汗を流し、サウナで疲れを癒やし、ラウンジで仕事やミーティングを行っています。
このような統合により「相場を無視した高い収益性」が実現できる理由は大きく2つあります。
第一に、統合による投資効率の向上です。ホテルとオフィスを別々に建てて「そこそこのラウンジやジムを設置するのではなく、一つに統合して「これまでにない施設」を作ります。これを宿泊客、オフィステナント、さらには潜在顧客への宣伝で共有することで、単独の用途では決して得ることのできないブランドイメージが付与され、投資コストを効率よく回収できます。また、平日はオフィスワーカー、週末はホテル宿泊客が利用するため、空間が24時間365日休みなく稼働し、坪あたりの収益性が極限まで高まります。
第二に、これがオフィステナントにとっての「強い採用ブランディング」となる点です。企業にとって高いオフィスへの移転の多くが採用の強化を目的のひとつとしています。「入社すれば、この最高峰のスパやジム、ホテルラウンジが日常的に使える」というポイントは、企業が優秀な人材を獲得し、退職を防ぐための強い差別化になります。企業からすれば、自社で福利厚生を整えて得られるそこそこのものより、このビルに入居した方が経営課題の解決に直結します。だからこそ、企業は相場以上の「プレミアム賃料」を支払う理由があり、それによりオーナーは通常のオフィス賃料を上回る高い賃料を設定できます。
ところでなぜ、このような効果が認められているにもかかわらず用途の統合がされないのでしょうか。その理由は、不動産業界の縦割り構造に起因しています。
「ホテルオペレーターはオフィスの運営ノウハウを持たず、オフィスの運営者はホテルの運営ノウハウを持たない」。これが一般的な常識です。投資家および所有者も、フロアごとに別々の専門オペレーターに空間を箱貸しし、賃料を回収するモデルを前提としています。相場もしくは相場より少し高く借りてくれるか、ということを重要視し、それ以外のこと、例えば、「どうすればこのビル全体で相場よりはるかに高い収益性を生めるだろうか」と考えることは非常にレアケースです。関わる人々の縦割りの意識、構造はビル全体が本来持っているはずの収益機会を見逃す最大の要因かもしれません。
Equinoxの事例が証明しているのは、単なる「休む(ホテル)」と「働く(オフィス)」という用途の統合の効果だけでなく、ユーザーへの独自の価値提供により相場に依存しない収益を実現するということです。
「一般的な白い箱」を別々のオペレーターに貸し出すのでは、どうしても相場賃料から抜け出すことは難しくなります。土地値、建築費、金利、管理コストなどの上昇が収益を圧迫する状況において、相場依存のモデルは利回りが低下します。 相場より遥かに高い収益性を生み出すには、用途、一般慣習、既成概念の境界線にとらわれず、ユーザー視点から見直すことが重要なヒントとなります。
本連載「マーケティング視点の不動産投資講座」
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