――多幾宏平[マーケティングリアルティ]
【第8回】マーケティング視点の不動産投資講座
過去10年間におけるグローバルな不動産アワードの受賞傾向を振り返ると、不動産の価値基準の変化が見て取れます。2015年当時、世界最高峰とされるアワードで高く評価された点は「What(何を作ったか)」で、それが圧倒的な強さでした。受賞リストを飾っていたのは、都市の景観を塗り替えるアイコニックな造形、最新のガラスカーテンウォールに彩られた豪華な外装、広大な延床面積を誇るメガプロジェクトでした。不動産は「資本と技術の結晶」としての象徴性を競い合っていたのです。
しかし現在の評価軸は、「How/Impact(いかに作りどのような影響を与えるか)」へ完全に移行しています。現在の審査員が最も注視するのは、建物の豪華さや新鮮味、規模の大きさではなく、その建物が「カーボンニュートラル」にいかに貢献するか、あるいは「既存ストック」をどれだけ賢明に再活用しているかという点です。かつてはマイナス要素と見なされた「古い構造体の維持」が、現在ではライフサイクルアセスメントの観点から、最もクリエイティブかつ倫理的な選択として称賛される時代となりました。
世界を代表する3つの不動産・建築アワードの評価基準が、この10年でどう変化したかを比較分析します。
[図表]グローバルな不動産アワードにおけるデザイン賞の変遷
この比較から明らかなのは、いずれのアワードも建物そのものだけで評価することをやめたという点です。MIPIMは不動産収益ビジネスの持続可能性を、ULIは社会へのインパクトを、Architizerは建材の循環性を第一に、それぞれの立場から「不動産が社会に対して与える影響」を評価の土台に据えています。これは、ターゲットとなる投資家やオーナー、入居者が「スペック」ではなく「社会的正当性(パーパス)」を重視するようになった市場の変化を反映しています。
アワードの受賞実績を時系列で分析すると、不動産の評価トレンドの変遷が鮮明になります。10年前主役の座にいたのは、「大規模オフィスビル」や「超大型ショッピングモール」でした。これらは都市の経済成長を牽引するエンジンとして疑いのない価値を持っていましたが、現在では最高賞を受賞するケースは稀です。代わりに台頭してきたのが、学生向け賃貸マンション(以下、PBSA)やコ・リビング、ウェルネス特化型施設、そしてこれらをシームレスに融合させた「ミクストユース(混合用途)」の開発です。
特にPBSAやコ・リビングの受賞が増加している背景には、住宅アセットの価値が利用者にとって「単なる移住」から「利用体験」、そして投資家やオーナーにとって「賃料収入の最大化」から「効率的な運営」へとシフトしている事実があります。かつての住宅開発が「面積を売るビジネス」であったのに対し、現在のアワードが評価するのは、「コミュニティを醸成し、孤独を解消し、利用者のウェルビーイングを向上させるサービス」としての質を問うています。
このような変化を体現しているのが、シドニーに誕生した「Quay Quarter Tower」(以下、QQT) です。

この建物は、MIPIM、ULI、そしてArchitizerを含む世界中の主要アワードを席巻し、不動産業界の「今後」を提示しました。
QQTが世界を驚かせたのは、それが新築ではなくリノベーションであった点です。1970年代に建てられた旧AMPセンターという既存の超高層オフィスビルの構造体を、実に66%も残したまま、最新のオフィスへと変貌させました。通常、この規模の更新では建て替えが選択されますが、設計チームの3XNと事業主は、既存の構造を維持することを選びました。その結果、以下の3つの項目で驚異的な効果が導き出されました。
◎環境的価値: 約12,000トンのCO2 排出を削減。これは、航空機が地球を数千周する際に排出する量に匹敵する環境インパクトの抑制です。
◎経済的価値: 基礎工事や主要構造の工期を大幅に短縮(約9ヶ月~1年)。これにより、新築よりも圧倒的に早く収益化を実現しました。
◎マーケティング的価値: 「世界で最もサステナブルな超高層再生」という物語が、ESG投資を重視するグローバル企業の入居意欲を劇的に刺激。
結果として、賃料は旧ビルの約2倍となり、空室率は極めて低い水準を維持しています。
QQTは、不動産価値の源泉が「新しい素材を使うこと」から「既存の価値をいかに再構成するか」へと移行したことを証明しました。
かつて不動産は、竣工した瞬間が価値のピークであり、その後は経年劣化とともに減価していく「静的な商品」でした。しかし、現在のアワードが評価し、世界の投資家が追い求めているのは、時間の経過とともに環境負荷を最適化し、利用者の幸福度を向上させる「動的なサービスプラットフォーム」としての不動産です。今後不動産投資における有効なマーケティング戦略のひとつに「不動産を通じで世界をより良くできるか」が重視されるようになるかもしれません。
本連載「マーケティング視点の不動産投資講座」
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