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会館様式のトレンド変遷

全国の葬祭会館は、いまや9,974か所(2021年のオープン分までに確認できたもの)と1万か所に迫ろうとしている。遡れば、葬儀を行なう専用施設としての葬祭会館は、1990年代に大都市部で広まり、2000年代に全国に普及した。以来20年が経過し、その間、葬祭会館のスケール、様式・デザインは小規模化と多様化の道を辿ってきた。

そこで今月号では、本誌創刊以来蓄積してきた550か所の会館施設データの集計・分析結果を定量的にレポートするとともに、事例研究として埼玉県の大手互助会における会館戦略の変遷を取り上げる。

この20年間、社会環境や葬送ニーズが変容してきたなかで、葬祭会館のスケールや様式・デザインなどはどのように変遷してきたのか。葬祭会館を中心に建築デザインに関わる専門家の見識(寄稿)も交えながら、今日に至る会館時代を振り返る。

20年来の小規模化と多様化。求められる
「故人と遺族」重視の戦略的枠組み

90年代に都市部に普及し2000年代に全国区に

 2021年末段階で、全国には9,974か所の葬祭会館が存在する。2021年までにオープンし編集部で確認できたものを集計、都道府県別にみたのが図表1である。

図表1 都道府県別の会館数(~21年まで)
図表1 都道府県別の会館数(~21年まで)

 こうした葬儀専門施設としての葬祭会館は、自宅葬を過去のものとし(近年、若干の揺り戻しもみられる)、産業的にも葬具の貸出・設営業から装置産業、人的サービス業への転換を促した。業界団体の全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)が15年に実施したインターネット調査「冠婚葬祭1万人アンケート」でも、会館葬の割合が1970年までは約23%だったものが2011年以降は約86%まで上昇したことからもわかるように、現代の葬儀は都市部・農村部問わず会館で営まれ、いまや葬儀会場の主役は葬祭会館であるといっても過言ではない。

 

 今回、編集部が創刊以来、逐一、精査・確認して蓄積してきた会館データをあらためて集計してみたところ、興味深いことが判明した。

 

 最も早い開設は60年代にみられるが、本格的な葬祭会館と思われるものは70年代前半に登場。80年代に入って福岡県でいち早く普及が加速し、後半になると大都市を抱える北海道(寒冷地要因も大きい)、東京、神奈川、大阪でもふえはじめた。89年、これらほとんどの都道府県で新設会館数が一気に上がる。この年に何があったのか。思い返すと、昭和天皇が崩御・改元し、平成時代を迎えた年であった。自粛ムードから一転して国全体が祝賀ムードに包まれ、葬祭会館においても開設機運が高まったことが、その背景にあったのではないだろうか。

 

 90年代に入ると埼玉と愛知も加わった。「葬祭会館がなければ立ち行かない」状況になれば競合する事業者も会館をつくらざるを得ず、これら大都市を抱える都道府県は本格的な会館時代を迎えたのだ。利用者側も、「自宅に大部屋がない」「駐車場が確保できない」「近隣扶助が期待できない」などの住宅事情や地域事情も絡んで自宅葬を敬遠する傾向が強まり、葬祭会館へのニーズが高まった。前述以外の府県では、もう少し遅れて会館時代を迎えるが、2000年代以降、JA葬祭が組合員サービスとして葬祭事業に本格参入してくると、葬祭会館は全国に普及していったのである。

本誌に掲載された新設会館27年間分をリスト化し集計・分析

 もともと葬祭会館の様式・デザインは、建物の構造として大空間をつくりやすく多層階(都市部では地上3階建て以上も見られた)も可能な鉄骨造や、より重厚感があり存在感を示せる鉄筋コンクリート造が主流で、式場も2つ以上を確保しているところが少なくなかった。

 

 そんななか、外壁をアイボリーやクリームイエローの明るい色で装い、ガラス面を取り入れるなどして軽快さを表現した葬祭会館が登場した。冠婚葬祭互助会の会館に多かったといえ、結婚式場で培った建築ノウハウを葬祭会館に移植できる、互助会ならではの手法だった。

 

 同じ頃、様式・デザインのバリエーションもつぎつぎと現われる。同一敷地内に建物(式場)を独立して建てプライベート性を訴求する「分棟独立型」、日本屋根を取り入れ「和」のイメージを追求した「和風邸宅型」(数奇屋風・料亭風なども含まれる)、純白あるいはオフホワイトなどの外壁で眩しさを強調し、列柱なども取り入れた瀟洒な「洋風邸宅型」など多様化が進行した。

 

 その後、葬祭会館の小規模化とともに会館の機能面においても改良がなされた。葬儀がそれまでの「会葬者のもの」から「遺族・故人のもの」に移行してきたことが、その背景にあるだろう。「故人との対面のしやすさ」「遺族プライバシーの確保」「お客様(遺族)へのもてなし」などを重点的に追求して館内構成と配置に活かした。その結果、式場と遺族控室の近接、快適性の高い遺族控室、遺族控室・会食室・式場の一体化(1施行1軒貸切型)、遺体安置室の設置などが進んだ。

 

 こうした流れの理解をより深めるために、編集部では96年11月の創刊以来続く「VISUAL REPORT」と特集ケーススタディなど(News&Informationは除く)から施設データが記載されていた2021年までの新設会館を抜き出してリスト化し、定量的な集計・分析を行なった。集計した会館リストは、「550新設会館の施設データ一覧」として掲載している。

 

 集計の結果、1995〜2021年までの27年間にオープンし、施設データがわかる形で掲載された会館総数は550施設にのぼった。

集計・分析データが裏づける05年頃からはじまる小規模化

 「550新設会館の施設データ一覧」に掲載した項目は西暦と備考欄を除いて、「会館名」「敷地面積」「延床面積」「構造種別」「階数」「式場数」「建築手法」の7つ。会館名は開設時の名称で、現在は会館名が変更されていたり、建て替えられたもの、あるいはすでに閉館し現存しない会館もある。

 

 図表2は各年の延床面積の平均を算出したものである。ただし、95年と96年は標本数が少ないので97年に合算した。

図表2 平均延床面積の推移
図表2 平均延床面積の推移

 これによると、05年までは年によって上下するが、1,000㎡(約300坪)を軽く超え2,000㎡(約600坪)に近い広さがあった。注目したいのは、05年の約1,956㎡をピークに06年が約1,455㎡→07年が約1,168㎡→08年が829㎡と、年を経るごとに急激に低下していることだ。

 

 このことは、家族葬会館の普及に伴う葬祭会館の小規模化を意味していよう。さらには全国に会館が普及して会館葬への移行が進んだ結果、1会館当たりの商圏や集客範囲がどんどん狭まり、もはや巨大な会館は自社市場にそぐわなかったこと。同じ頃、葬儀料金が下がりはじめたこと(葬儀規模が縮小したともいえる)などがあげられる。しかも、05年には戦後はじめてわが国の人口が減少(対前年約2万人減)した。この人口減少社会への突入と同時期に葬祭会館が小規模化への転換点を迎えたのは、まさにシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)といえ興味深い。

 

 08年以降も平均延床面積はさらに低下し、13年以降は広さ500㎡(約150坪)のラインで横ばい状態にあり、かつてのような巨艦会館の時代とは隔世の感がある。

 

(構造種別、階数、式場数、建築手法などの続きは本誌で)

 

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