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前橋デザインコミッション

エリアマネジメント組織の自立へ、
科学的マーケティングと戦略的ファシリテーションを提供

SIBによる前橋市アーバンデザイン推進業務

馬場川通りアーバンデザインプロジェクト

 新たな官民連携手法である「成果連動型民間委託契約方式(PFS)」は、仕様発注・固定報酬による従来型の業務委託とは異なり、業務を実施して得られた成果を評価し、その達成状況に応じて委託費の支払額が変動する。
 医療・健康、介護分野などで先行して実施されているが、群馬県前橋市ではまちづくり分野で全国初となるSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)の仕組みを活用した事業を実施している。

事業実施の経緯と事業概要

 官民連携まちづくりの先進事例として注目されている群馬県前橋市は、県庁所在地として15万世帯・33万人の人口を抱える。人口減少による中心市街地の低迷と財政が逼迫するなか、まちづくりの見直しが課題となっていた。
 前橋市は2016年8月に、前橋市出身で眼鏡専門店を展開する㈱ジンズホールディングス代表取締役CEO 田中仁氏が設立した一般財団法人とともに官民が連携して、街の将来像を地域全体で共有する前橋ビジョン「めぶく。」を策定。19年9月に、前橋市が中心市街地における官民連携まちづくり指針「前橋市アーバンデザイン」(以下「アーバンデザイン」)を策定した。
 アーバンデザインは、前橋駅から中心市街地と官庁街を取り巻く約158haを対象とする。特徴として、街の主役である市民や企業・団体の声を反映した“人間中心の持続可能なまちづくり”という考えをベースに、3つのまちづくりの方向性が明示されている。

「前橋市アーバンデザイン」の概要

前橋市アーバンデザイン
前橋市アーバンデザイン

資料:前橋市

 現在、街の将来像の実現に向けて4つのモデルプロジェクトを掲げ、アーバンデザインの推進を図っている。そのうち、リーディングプロジェクトに位置づけられる「馬場川通りアーバンデザインプロジェクト」を主導するのが、アーバンデザイン策定を機にまちづくりの推進組織として19年11月に立ち上がった(一社)前橋デザインコミッション(以下「MDC」)だ。民間会費のみで運営され、20年4月に前橋市から都市再生推進法人の指定を受けている。

 

 馬場川通りアーバンデザインプロジェクトは、都市利便増進協定のスキームを活用し、民間のMDCが公共空間である遊歩道公園および市道の整備を民間資金により進める、という通常の公共工事とは違ったユニークな計画だ。ここでアーバンデザインの土台である“人間中心のまちづくり”を具現化するため、整備空間の利活用に関する企画立案やその運営に携わる市民を公募。21年6月に、学生や若い世代を中心に計137人で構成される第1期準備委員会を発足した。準備委員会ではまちづくりのセミナーや市民参加プログラムを計画するワークショップを自主的に開催し、斬新な社会実験のアイデアなどを次々と生み出した。
 こうしたMDCの活動に対し、前橋市は支援方法を模索。準備委員会には多様な世代が集まったが、地元商店街組合は比較的年齢が高く、状況に応じた柔軟な取組みが不可欠であったなか、仕様書をベースとする従来型の業務委託はマッチしないと判断。補助金も活動や用途に制約が多く、優れたアイデアが埋もれてしまう懸念があった。そこで着目したのがPFS/SIBだ。
「MDCは民間会費のみで成り立っており、設立間もないため財務基盤に懸念がある。その解決策として、事前に資金調達ができるSIBは有効な手法。資金的なサポートだけでなく、まちづくり組織としての成長機会も副次的効果として期待している」と、前橋市 都市計画部 市街地整備課 官民連携まちづくり係 副主幹の濵地淳史氏は背景を語る。

 

 前橋市は国土交通省「地方公共団体に対するまちづくり分野におけるSIBの導入支援業務(令和2年度)」の採択を受け、SIB導入の検討を進めた(20年9月~21年3月)。その後、21年6月に内閣府の成果連動型民間委託契約方式推進交付金の採択を受け、同年9月、MDCと成果連動型民間委託契約を締結した。
 SIBの資金提供者には第一生命保険㈱が手を上げ、21年10月に約500万円の投資が決定。資金の保全のために信託方式が採用され、すみれ地域信託㈱(本社:岐阜県高山市)がMDCとの間で信託契約、MDCと第一生命保険の間で受益権売買契約を締結し、まちづくり分野においてSIBを導入した国内初のPFS事業が動き出した。

 MDCは、PFS事業として、中心市街地を利用する地域住民やビジネスパーソン、まちづくり関係者、事業者、地権者などを対象に、まちづくり勉強会と社会実験を実施する。
 PFS事業で目指す最終アウトカムは「馬場川エリアの価値向上」だが、まちづくりは外部の影響を受けやすく、アウトプットとアウトカムの因果関係が薄くなりがちだ。またアーバンデザインでは、「居心地のよさ」など環境的な価値にも目を向けてまちづくりを行なう方向性が示されているため、それを定量化できる候補として「滞在時間」や「歩行速度」などを成果指標に検討したが、いずれも従前値がなく目標値がつくれなかった。最終的には、にぎわい創出と一定の相関があり、アーケードに設置されたトラフィックカウンターでの計測が可能で、過去からのデータ蓄積もあった「歩行者通行量」を支払いに紐づく成果指標とした。

「SIBによる前橋市アーバンデザイン推進業務」の支払条件

資料:前橋市

 成果連動の評価は最終年度の1か月間の馬場川通りにおける歩行者通行量を計測し、4段階の評価ランクから支払額が決まる。ベースラインは過去の歩行者データから算出し、上限値はコロナ禍前に策定された「前橋市中心市街地活性化基本計画」の目標数を用いて定めた。
 成果連動の支払額は、既存の補助事業費をベースに3年間積み上げた際のコストを試算し、支払上限を1,310万円に設定。事業者のリスクを考慮し、固定費にあたる740万円を固定支払い、残りの570万円を成果連動による支払いとした。

都市再生推進法人としてのMDCの役割

 23年11月現在、全国には116の都市再生推進法人が指定されているが、MDCが他のまちづくり団体と異なるのは、“まちづくりプレイヤーの発掘・育成・支援”を掲げていることだ。「MDCは自らプレイヤーにはならない。MDCの役割は、アーバンデザインの実現に向け、まちづくりのプレイヤーを成功に導くために科学的マーケティングと戦略的ファシリテーションを提供すること」と、前橋デザインコミッション 企画局長の日下田伸氏は語る。日下田氏は、清水建設㈱で中東・中央アジア等での環境エンジニアリング、㈱東横インで経営戦略、㈱星野リゾートで温泉旅館再生事業(後の「界」ブランド)の立ち上げに携わるなど、開発経済学や事業再生コンサルティングを得意とする。前橋ビジョン「めぶく。」に共感し、20年5月から現職に就いている。

 

 MDCでもう一つ特筆すべきは、行政からの資本・人的支援がないことだ。いわゆる第三セクター等ではなく、運営資金はMDCの活動を応援する民間からの会費を財源とする。現在、会員は企業・個人あわせて163を数えるが、当然、会費収入だけでまちづくりの事業を推進することは難しい。MDCは、SIBによる資金調達のほかに、民間寄付や、都市利便増進協定にもとづく馬場川通りアーバンデザインプロジェクトでは前橋市アーバンデザインファンドから2億円の助成金を調達。同ファンドは、法人・個人からの寄付金1億円と(一財)民間都市開発推進機構からの拠出金1億円をもとに設立された、国土交通省「共助推進型まちづくりファンド支援事業」の第1号である。こうした手法を活用したプロジェクトファイナンスもMDCの特徴だろう。

馬場川通りアーバンデザインプロジェクトと資金調達

 馬場川通りアーバンデザインプロジェクトは、馬場川通りの長さ200mにわたる市道と馬場川の間の遊歩道公園に、植栽や花壇、親水デッキ、ベンチ、トイレ等を新たに整備。国土交通省の「まちなかウォーカブル推進事業」の対象として“居心地がよく歩きたくなる”公共空間が創出される。
 このプロジェクトでは、MDCと前橋市および沿道の土地・建物権利者30人が22~32年度を事業期間とする都市利便増進協定を締結。24年3月の竣工後は市に寄付され、市が中長期の管理・修繕を、馬場川地元会が日常の維持管理を行なう。
 「馬場川通りプロジェクトは中心市街地空洞化対策の起点となるが、ハードウェアとしての街区整備ありきではなく、その先の、地域の人がどのようにこの空間を使っていくかというソフトの“まちづかい”も当初から描いている」と日下田氏は説明する。そのために、市内に拠点を置く企業家有志「太陽の会」からの寄付約3億円やSIB、前述のファンドからの資金を工事費と事業期間10年間分のランニングコストにあて、あわせて総額4億3,000万円規模の資金を確保している。
 「SIBによる前橋市アーバンデザイン推進業務」の契約締結は21年9月だが、実は勉強会はそれ以前の同年7月からスタートしている。スタートから2年半あまりでの勉強会や社会実験の開催費用は、SIBによる調達額500万円をはるかに超えるといい、「投資に見合ったソフトをつくらなければならない。目標は、10年間で地域のエリアマネジメント組織『馬場川通りを良くする会』が経済的に自立すること」(日下田氏)だ。2年半で、勉強会で研鑽を積んだ10人ほどのコアなメンバーが生まれている。

 勉強会や社会実験の開催数・参加者数は、アウトプットとして進捗確認のためにカウントされているが、日下田氏は「重要なことは全体の総量よりも、情熱と知恵をもった人をどれだけ発掘できるか。目的は社会実験の回数や参加者を増やすことではなく、社会実験に参加しているメンバー自らがアイデアを増やすこと、活動を継続すること、さらには自立するために収益を確保できるようになること」と指摘する。
 23年8月から毎月第四日曜日に開催している社会実験「馬場川でボードゲームをしてみようの会」は、それが結実したケースといえる。誰でも無料で簡単なボードゲームが楽しめる人気イベントはこれまで、暑い夏にはタープを設営したり、冬にはこたつを用意したりと、アイデアが自然と生まれてくるような基礎が醸成されて継続に至っており、MDCの人材育成の成果といえよう。

 また、「馬場川通りに花屋さんがあるといい」というアイデアから生まれたのが、地元前橋の花“バラ”の販売会「Poppin Rose Market」である。前橋バラ組合が生産するバラは「日本ばら切花品評会」で最高賞の農林水産大臣賞を2年連続で受賞するほどの高品質だが、それゆえに東京にすべて出荷され、地元には流通していない。それほどのバラの仕入れには相応のコストを伴うが、それにSIBで調達した資金をあてているというわけだ。23年10月に初開催したときは90分で500本が完売したという。
 MDCが社会実験で実践しているのは、こうした活動の継続を可能にする資金を賄うこととチャレンジャーを支援することだ。「まずは、楽しいイベントをやりたい、カフェをやりたい、雑貨屋をやりたい、というチャレンジャーが増える状況をつくり出すこと。いろいろなチャレンジャーが増えて、その成功率がほかの街より高ければ、相対としてにぎわいが生まれる。中心市街地の活性化はそういう形でしかうまくいかないと考えている」と日下田氏は強調する。

 いまは、社会実験を通じた成功体験が地域に根づきつつあり、SIBの事業期間終了後はエリアマネジメント組織の経済的自立を支援していく。そこで活かされるのが都市利便増進協定のメリットである。この制度により、公共空間である馬場川通りの遊歩道公園で行なうイベントには市への使用料等の費用負担は発生せず、そこで得た収益がエリアマネジメント組織の活動資金にもなる。

 

 ちなみに、21年度と22年度前半は、一部車両規制をして、マルシェやあおぞらこども図書館、ストリートミュージックなどのスペースを設けた大規模イベントを、21年10月30・31日と22年5月28・29日の2回開催した。第1回は普段は馬場川を訪れない人も多くみえ、当日は人流が2.5倍、翌週も開催前の1.5倍に増えたが、翌々週には1.3倍まで落ち着いた。第2回はイベントに参加した人数・出店数が第1回の約2倍となる盛り上がりをみせた。
 これらの効果を減衰させないために、22年度後半からは月次で小規模な社会実験をこまめに開催しており、市民の中心市街地への来街目的と期待値を高めていきたい考えだ。

今後の展開

 当初は、PFS事業の成果指標の歩行者通行量測定を24年2月に行なう計画だったが、馬場川通りの民間工事が遅れたことで遊歩道公園の竣工が24年3月になる見込みだという。同年4月13・14日に、馬場川通りのまちびらきを予定し、6月の1か月の歩行者数が評価対象となる想定である。
 また、PFS事業では、まちづくりの新たな成果指標の確立を目指し、支払いに紐づかない評価項目も設定している。国土交通省が作成した「まちなかの居心地の良さを測る指標」を参考に、AIカメラやアンケートにより歩行者速度や滞在時間を計測して環境面の成果の可視化につなげ、来街者の消費額やエリア内の店舗売上げを調査することで、経済効果の把握も試みている。MDCはこれらの評価ツールを、街の成功率を上げていくための科学的マーケティングに活かしていく。

 

 さらに、「民間投資の喚起は中心市街地空洞化対策の本丸」(日下田氏)と位置づけ、MDCは不動産の投資商品化も進めている。実際に、馬場川通りでは地元の財界がSPCを設立して空きビルを取得し、リノベーションする計画が動き出している。経済循環のベースとなる不動産の所有は域内が担い、アーバンデザインのビジョンを共有できるテナントに貸し出す、という考え方だ。
 その結果として、前橋らしさが現われた街並みが再形成される。そしてさらに来街者が増え、商売をしたい人が集まってくる、というスパイラルの起点に馬場川通りが生まれ変わろうとしている。

PFS/SIB事業企画マニュアル

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●定価99,000円(本体90,000円)
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