クマ風評被害で600人超キャンセル
対策強化キャンペーンで巻き返し図る
【クマ】CASESTUDY
三菱地所グループでは、30年以上にわたってホテルチェクマ出没による風評被害に苦しむキャンプ場やグランピング施設が多いなか、長野県塩尻市のグランピング施設「長野グランピングベースエンキャンプ」(以下、エンキャンプ)の取組みが注目を集めている。
エンキャンプはJR中央本線「塩尻」駅より車で約12分、中央自動車道「塩尻IC」より車で約6分、みどり湖にほど近い山あいに立地するグランピング施設である。2500坪の敷地にツリーハウス、ドームテント、シェルドームなどさまざまなコンセプトをもつ13のサイトが建ち並ぶ。
同施設を運営するのは㈱スタイルプラス。代表取締役の村上博志氏は2013年7月、家族で同地に移住し、団体合宿専門の宿泊旅館「陽だまりの家」を開業。その後、コロナ禍で団体合宿のキャンセルが続いたことから、隣接する土地を市から借り受け、20年4月にエンキャンプを開業した。また同時期に事業の多角化を図り、松本市と東京・神奈川で飲食店を開業、別会社で障がい者グループホーム「ハルハウス」の運営などもスタートしている。「グランピングはコロナ禍でも密にならずに楽しめるレジャーとして人気を集め、単価も高いことから売上げは順調に伸びていった」と村上氏。同社における宿泊業の売上げは年1億4000万円、そのうちグランピング事業が1億2000万円を占めるという。
そんななか25年3月、NHKのニュース番組で市街地に出没するクマが取り上げられたのをきっかけに、風評被害が出始めた。
25年はクマ出没の報道が全国的に増加し、7月には松本市内にクマが出没したという事例が全国版のニュースで報道された。
松本市内でのクマ出没のニュースの影響は、そのまま塩尻市へも波及。エンキャンプでは毎月9万件超あったサイトへのアクセス数が7月には5万件台に減少。「ひと月で4万件も減り、その影響の大きさに驚がくした」と村上氏は振り返る。実際、キャンセル数は8月だけで400人、25年度は年間で600人超発生した。
エンキャンプでは問合せの電話対応にも追われることに。「移住以来13年間、近隣でクマが目撃されたことは一度もないことを伝えても、安心材料にはならなかった」と村上氏。「予約した学生の親御さんからの問合せも多く、本人は行きたがっていても万が一のことがあったらと予約キャンセルが多くあった」(村上氏)という。

通常なら1年で最も多忙な8月から11月の4か月間、売上げが前年割れとなるなか、村上氏は風評被害を逆手にとった攻めの戦略に出る。「クマのせいでキャンセルが出るなら、〝クマ対策ですごい施設〞になって選ばれる施設になってやろう」と、専門家の知見や科学的根拠に基づいた設備投資を行ない、万全の対策を整える方向に舵を切ったのである。
具体的な設備投資としては、以下のとおりである。
◎敷地全周に「電気柵」を新設 |
電気柵はクマの被害対策として最も有効性の高い手段の1つであることから、敷地の全周に設けることでクマの物理的な侵入を防ぐ。 |
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◎光センサーと高周波音響による害獣回避システムを導入 |
クマは活動が活発化する時間帯(朝夕)には、光や音を避ける傾向があることから、敷地入口など侵入経路となりうる場所に光と超音波センサーを配置し、強い刺激で侵入を防ぐ。 |
◎道路に囲まれた立地が安心材料に |
エンキャンプの周囲三方は人流の多い舗装された道路となっていることから、立地そのものが侵入リスクを低減する構造であることを強調。 |
◎ヤギ2頭による「下草ゼロ」 |
ヤギ2頭を飼うことにより、クマの身を隠すやぶを物理的に排除し、「下草ゼロ」状態を維持。 |
◎24時間、敷地内を明るく |
電球400個を使用した照明を設置して敷地内を24時間明るくし、かつ常に人がいる状態を維持。 |
◎クマスプレーと狼尿の設置 |
全13棟に米EPA(環境保護庁)認証のクマよけスプレーを設置するほか、狼尿を100か所超設置。 |





これらの設備には約80万円が投じられている。
そのうえで村上氏は10月、「万が一宿泊中敷地内にクマの出没が確認された場合には、当該日の宿泊者全員の宿泊費を2倍にして全額返金する」という特別保証キャンペーンを投入。テレビ・新聞各社など約300社にリリースを配信した。
このキャンペーンは反響を呼び、ニュースや新聞記事に取り上げられるなど話題を集めた。その結果12月には予約件数が前年並みに回復し、売上げも取り戻している。
「お客様としては、宿泊費が2倍戻ってくるよりクマが出ないほうがいい。今回のキャンペーンは当施設が自身の対策に自信をもっていることの表れでもあり、ほかの施設がやらないことをやったぶん、選ばれる率は確実に上がったと感じています」と村上氏は手応えを強調する。こうした徹底した顧客安心策は今後も通年で継続して実施していく方針である。
村上氏が次なる攻めの一手として考えているのが、クマ肉を使ったしゃぶしゃぶなど新メニューの提供である。ただし、脂ののったクマ肉はまだ稀少で高価なことから、定番メニューとしてホームページ上で謳うまでには至っていない。ただ、「クマを駆除して終わりではなく、その先の循環システムまで考えていくことがこれからの課題ではないか」と村上氏はいう。
施設としてはクマ対策を徹底したうえで、さまざまなイベントやコンテンツを揃え、楽しめる施設としての魅力をふやし、リピーターをふやしていく方針である。
一方で、昨今はクマの敷地侵入によって一時閉鎖した宿泊施設などに対し、営業利益の損失やその後の対策費用を補償するいわゆる「クマ保険」も販売されている。ただ、村上氏は自身のコロナ禍における経験を踏まえ、「コロナ禍においても同様の保険が販売されたが、審査においてさまざまな変更があり、結果として期待していたほどの補償は得られなかった」と振り返る。そのうえで「このたびのクマ保険についても慎重な対応が望まれるのでは」(村上氏)との見解を述べている。

山間部の宿泊施設にクマが侵入するなど、一度クマの被害を受けたら、長期間の風評被害は免れない。そうした場合は「早い時期に大胆な事業転換を考えることも1つ」と村上氏はいう。
「たとえば、当施設のようにカブトムシが例年たくさん採れるような場所であれば、そのカブトムシを養殖してネットで販売する事業を立ち上げることも考えられる。これならば施設に顧客を呼び込む必要もなく、また危険にさらすこともなく事業が成り立つ。クマの出没のリスクが高いエリアなら事業者としてはこうした選択肢をもっておくこともまたリスク管理の1つといえるのではないか」(村上氏)と話している。