――多幾宏平[マーケティングリアルティ]
【第2回】マーケティング視点の不動産投資講座
不動産の集客手段といえば、新聞広告やテレビCM、駅看板が主役というイメージがあると思います。これらに目を通す人は今や全然いなくなり、彼らの視線は手元のスマートフォンにずっとあります。
スマホでも、わざわざ不動産情報サイトを開いて条件を「検索」するより、InstagramやYouTubeのフィードを眺めていて「あ、こんな暮らし方、いいな」と偶然「発見」するのが主流となってきました。「家を探すぞ!」と気合を入れるより、「#東京」「#おしゃれな暮らし」のハッシュタグを見ていたら、いつの間にか特定の物件やエリアに興味を抱いていた、という流れです。
これまで不動産価値といえば、立地や広さといった物理的なスペック(実態価値)がすべてでした。しかしSNS時代では、個人体験の発信が「このXXは最高」という心理的なイメージ(認識価値)を作り出し、そのイメージが集客力や価格に直接影響するようになっています。
例えばホテルでは「客室」より、インフィニティプールから望む「夕日」のような一瞬の体験が好まれます。またシェアオフィスでも「スペースそのもの」より、それが生まれた裏にある「想いや願い」がブランドになります。
このほか、一般的には観光地として認知されていない場所に突然外国人旅行者がやってくる現象も、個人の自発的なシェアが地理的な知名度や利便性を上回ったことを示しています。
ここで重要なのは、その発信が単なる「情報共有」ではなく、感動して、みんなに伝えたいという「心の底からの衝動」に基づいていることです。豪華な内装や高いスペック自体ではなく、人の感情を揺さぶる「何か」があったからこそ、自発的なシェアが始まるのです。
従来の不動産におけるマーケティングは、CMや新聞広告に大金を投じ、今すぐ認知を広げて利用を促すような即効性を求めていました。この手法は、広告をストップすれば効果もゼロになる上、その情報が単なる企業の宣伝ではないかと警戒されます。
現代で求められているのは、情報の受け手にとって役立つコンテンツです。コンテンツを活かしたマーケティングには、広告のような即効性はなく、最初の数ヶ月は手応えがないかもしれません。
しかし、一つ一つのコンテンツがインターネット上に残り、見込み客の疑問を解決したり共感を生んだりすることで、その効果が蓄積され「この会社は信頼できる」「この物件は本物だ」という確かで強固な認知に変わっていきます。
広告が「一時的な露出」なら、コンテンツは「永続的な信用貯金」です。この信用貯金こそが、多額の広告費を投じた競合を打ち破る、決定的な武器となるのです。
立地が良い場所での投資は、競争が激しくて利回りが低い…。この消耗戦から抜け出すには、相場に依存しない安定的な収益構造を構築するしかありません。それを実現する手段のひとつが実態価値から認識価値への戦略的なリソースシフトです[図表]。
つまり「どれだけ広告を打つか」ではなく「どれだけ利用者の体験を深く設計し、ポジティブな認知が口コミで広がる仕組みを組み込むか」に集中し、価格や立地といった従来の軸ではなく「体験の質」という新しい軸で評価してもらうことに注力することにほかなりません。
国内で実態価値が最も高いエリアは言うまでもなく東京都心5区ですが、住む価値、投資する価値、働く価値が国内外で最も発信されているエリアでもあり、発信されていないエリアとの格差を広げています。これは実態価値に認識価値が上乗せされて飛躍している状況といえます。
また、立地がやや劣る物件であっても認識価値への投資により注目が集まり、賃料や売却価格の上昇といった実態価値に反映されます。その実態価値を確認した投資家が周辺でさらなる投資を行い、不動産マーケットが形成されていった事例が多くあります。
その代表例が北海道・ニセコです。札幌や新千歳空港からのアクセスに難があることから、従前はごく一般的な地方のスキー場の一つでしかありませんでした。しかし、この地のパウダースノーに魅了されたオーストラリア人を中心とする外国人スキーヤーが、最高の雪質を体験した感動をウェブサイトやブログ、口コミを通じて世界に発信したことが転機となりました。現在ではグローバルから資金が集まる一大リゾート投資マーケットに変貌しています。
また認識価値への投資は、景気下降局面でも強固なエンドニーズを保つ点で、リスクヘッジの機能も発揮することでしょう。
ここまで認識価値への投資について触れてきましたが、重要な点として、投資は決して一時的なものであってはいけません。認識価値は一度生み出したら終わりではなく、物件の「メンテナンス」や体験の「アップグレード」といった継続的な努力により維持・向上されるからです。
本連載「マーケティング視点の不動産投資講座」
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