――多幾宏平[マーケティングリアルティ]
【第7回】マーケティング視点の不動産投資講座
この20年間で、多くのIT ベンダーがサブスクリプション(継続課金)型のビジネスモデルにシフトしてきました。
AppleはApple MusicやiCloud+など、デバイス販売の波に左右されないサービス部門の売上を年々増加させ、同部門は今や年間14兆円を超える安定成長を遂げました。Microsoft もまた、OSのパッケージ販売からクラウドサービスの提供へ舵を切ることで劇的な業績拡大を果たしています。IT 進化がもたらした最大の変革は、技術そのものというより、それを最大限に活かしたビジネスモデルの再定義でしょう。
メディア業界も同様です。かつて「無料のオンラインニュースに淘汰される」と危惧された新聞業界ですが、日経新聞やニューヨーク・タイムズは、デジタルシフトにより成功を収めました。彼らの強みは、紙面にはない「記事保存」「速報」「パーソナライズされた記事収集」といった、デジタルならではの付加価値を提供し続けている点にあります。
これらの成功事例に共通するのは、「ユーザーのデータを収集し、次に活かす」というデータドリブンな姿勢です。WBCの独占配信で話題を集めたNetflix が、膨大な制作費を投じて「ユーザーが真に欲しがるもの」をダイレクトに提供し、広告に頼らず売上を伸ばしているのも、このデータ解析の力に他なりません。
サブスクリプション型ビジネスの運営で最も重要な指標は「チャーンレート(解約率)」です。マーケティングの世界では、新規顧客の獲得コストは継続コストの数倍に達するとされ、チャーンレートを下げることこそが経営の良し悪しを左右すると言えます。
不動産賃貸業は、「月額賃料」が最も重要な収益源である点からして、広い意味ではサブスクリプション型ビジネスの一つです。その理想的な状態は何かと言うと、「テナントがずっと入居を継続したいと感じ、かつ、賃料の上昇を許容してもらえること」です。
しかし、現状の不動産業界は驚くほど顧客データを持っていません。手元にあるのは申込書に書かれた入居者の属性情報くらいでしょう。テナントはどのような目的で空間を使い、何に満足し、何に不満を抱いているのか…。契約期間終了前に「更新か退去か」という事務的な連絡をするまで、オーナー側でその実態を把握している人物は皆無に近いはずです。
不動産業界は、世界的なデータドリブンの事業構築から乖離しています。裏を返せば、この巨大な市場が未開拓のブルーオーシャンであるとも言えます。
なぜ不動産業界はこれほどまでにビジネスモデルが変わらないのでしょうか。その要因の一つに、業務の分断があります。現在、テナントと最も近い距離にいるPM会社は、多くの物件を薄利多売でこなすために業務を標準化・ルーチンワーク化することが多いです。一方、デベロッパーは良い土地・建物を仕入れることに注力しており、運営現場のニーズを分析して次の商品企画に活かすという発想が生まれにくいです。
このように、各プレーヤーが分業化された旧来のビジネスモデルに留まる場合、差別化は難しく、結果として「相場」という枠組みの中から抜け出すことはできないでしょう。差別化の鍵は、今いるテナントとの接点を再構築することにあります。
ここで一つのビジネスモデルを提唱してみます。テナントの社員の働き方を可視化・把握できるシステムがオーナー側負担で導入されているオフィスというものです。賃料は相場通りでも、そのシステムにより企業の業績が向上し、人件費が削減された場合、成果と連動したシステム利用料を設定します。効果がなければその費用はかかりません。PMはコンサルタント的な立場で、日々集められるオフィスの利用データに基づき、テナントの担当者と共に空間やサービスに関する改善を実施。その成果に応じたフィーを徴収します。
テナントにとって、業績向上や経費削減は賃料の多寡よりもはるかに大きな関心事であり、そこにコミットする空間とサービスは、他所へ移ることのできない唯一無二の存在となるはずです。確かに、このビジネスモデルは従来のルーチンワークに比べれば格段に手間がかかります。しかし、この手間を厭わず、テナントの現状に寄り添って成果に伴走する形こそが、相場に基づく競争とは無縁の圧倒的な価値を生むのです。
ITそしてAIの急速な進化は、これまで不可能だったレベルでのデータ処理、顧客分析と提案を可能にします。今後は不動産を単なる「場所」から、顧客の目的達成をサポートする「高度なサービスのパッケージ」へと進化させるプレーヤーが出てくるかもしれません。読者の皆さんも、テクノロジーの進化とそれによるビジネスモデルの変化という流れの中で、自らの業務をどう定義し直すか、考えてみてはいかがでしょうか。ここまでの話を[図表]でも整理しましたので、ぜひご活用ください。
[図表]ビジネスモデルの比較と不動産業界へのヒント
本連載「マーケティング視点の不動産投資講座」
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