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――関谷大輝 東京成徳大学 応用心理学部 健康・スポーツ心理学科 准教授

第1回 葬祭業はとても高度な「感情労働」です

【連載】「感情労働」の視点からみる葬祭業の本質

執筆者

東京成徳大学応用心理学部 応用心理学部 関谷大輝

1977年埼玉県生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、横浜市役所に勤務する傍ら、筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達科学専攻博士後期課程を修了。博士(カウンセリング科学)。社会福祉士、公認心理師、1級キャリアコンサルティング技能士。専門は産業心理学、感情心理学。主な著書に、「あなたの仕事、感情労働ですよね?」(花伝社、2016)

はじめに

 ――遺族の前を離れ、別室や車の中に戻った瞬間。あるいは、葬儀の全行程を終えて事務所に戻り、ようやくネクタイを緩めるとき――業務を終えた安心感や達成感はあるものの、どこか「腹の底から思わず『はあ……』とため息が出てしまうような、もしくは『元の自分』に戻るのに少し時間がかかるような感覚」を味わうことはないでしょうか。その背景には、「感情労働」という仕事の特徴が隠れている可能性があります。本連載では、国内外の研究知見を交えつつ、感情労働という視点から葬祭業という仕事の性質や特徴、その裏側にある心理的な専門性について、全10回にわたって考えていきます。第1回となる今回は、感情労働の考え方の概要と葬祭業とのつながりについて、できるだけわかりやすくご紹介してみたいと思います。

第三の労働「感情労働」とは

「感情労働」という考え方は、1983年にアメリカの社会学者アーリー・ホックシールドによって提唱されました。感情労働は、肉体労働、頭脳労働に並ぶ「第三の労働」といわれるこ
とがあります。仕事上、身体的な工ネルギーを使わなければ業務が成り立たない仕事が肉体労働、知識や情報を活用する必要があるのが頭脳労働とすれば、感情労働とは、業務の遂行にあたって、必要なときに必要な形で自分自身の感情資源をコントロールして利用することが不可欠な仕事を指します。

 言い換えれば、顧客に対して「気を遣う」ことが仕事の大きな要素になっている労働のことです。葬祭業には、肉体労働、頭脳労働、そして感情労働に当てはまるさまざまな業
務や役割があります(図表)。人を相手にする仕事には、「このような場面では、このような感情表現が必要ですよ」という「感情のルール」が存在します。たとえば、飲食店やホテルなどの一般的なサービス業では、基本的には「愛想よく笑顔で振る舞うこと」がルールというわかりやすさがあります。一方で、教師であれば「ときには厳しく叱る表情や表現」、看護師には「安心感を与え、苦痛に寄り添うような共感的な態度」が求められます。つまり、こうしたいわゆる専門職には、「複雑な感情労働」が求められることが多いといえます。

図表 労働3分類からみた葬祭業の業務例

葬祭業という感情労働の専門性

 葬祭業における「感情のルール」も、一般的な接客業に比べてはるかに複雑です。かつて、大みそかのテレビの特番に「笑ってはいけないシリーズ」というものがありましたが、
葬儀という場には、単に「笑顔を封印する」だけではない、高度な感情管理が求められます。

 近親者を喪って人生最大級の危機に直面し、激しい感情の波に揉まれて混乱している遺族の傍ら、スタッフは感情を高度にコントロールし、適切な「平穏さ」をつくり出して対応を続けなければいけません。ここでいう「平穏」も、あたかも何事もなかったかのようにクールで「他人事」のような態度でよいわけではありません。かといって、遺族と一緒に大げさに嘆き悲しむのでもない。プロとしての平穏さをつくり出すことが求められます。

 遺族の前で動揺を見せず、それでいて冷淡にも見えない。相手の悲しみに共嗚しながらも、自分自身がその渦に飲み込まれないように一線を画す。葬祭スタッフが日頃(ときには無意識に)行なっているこれらの複雑な感情労働は、教師や看護師に求められる感情労働と同様に、きわめて専門性が高いものといえます

葬儀は「感情」が渦巻く現場

 さらに、葬祭業は「死」という究極の非日常を扱う点で、他のサービス業と決定的に異なります。しかも、顧客がサービスの利用を「喜んで利用しているわけではない」という点も大きな特徴でしょう。葬儀の現場には、遺族の強いネガティブな(悲しみや絶望などの)感情がほぼ必ず存在しています。スタッフは、そのような遺族の激しい悲嘆の感情を「適切に受け止める」というタスクも同時にこなす必要があります。

 望んでいたわけではないイベントに立ち会う遺族や参列者に対し、一度きりのお別れの場をつくり上げていくためには、遺族の感情を正確に推測しながら、自身もその場の一部となり、いわば「演出家兼出演者」として舞台を整えていく高皮なバランス感覚が必要です。

 しかも、厳密にいえば、葬儀の顧客には意思表示をしない「故人」まで含まれる点も、他の業種にはほとんど見られない特徴です。意思表示がない故人の思いまでをも敏感に感じ取りながら、「葬儀を通じた遺族の感情経験」を適切につくり上げていく仕事が、葬祭業だといえます。これほどまでに、葬祭業は人の「感情」というものと密接に結びつく仕事なのです。

感情労働のプロとして葬祭業を捉えていく

 こうした複雑で高度な感情労働を実現していくためには、単なる「我慢」や「慣れ」を超えたプロフェッショナルな心理的マネジメントが求められます。もし、業務を終えた後に感じるあの「深いため息」や「重い疲れ」にご経験があるとすれば、それはプロとして、この高度な感情労働をやりきった証ともいえるでしょう。

 葬祭業という仕事がいかに特殊で深みのある感楕労働であるか、少しだけでもイメージしていただけたでしょうか。こうした振舞いは一朝一タに身に付くものではありません。私たちが現場で(多くは)無意識に、しかし必死に心を整えているこのプロセスを、感情労働の理論ではある行為にたとえて理解しようとします。私たちが日々、遺族の前で「プロとして」行なっている行為の正体とは一体何なのでしょうか。そこで、次回の内容を先取りするクイズをご用意しました。ぜひ答えを予想してみてください。

 次回は、感情労働の具体的な中身について、さらに深掘りしていきたいと思います。

第2回の先取りクイズ

Q.感情労働の理論では、私たち労働者の仕事をある「行為」にたとえて理解しようとします。それは①~③のうちどれでしょうか?

①訓練 ネガティブな感情に負けない力を、繰り返し練習して身に着ける行為
②演技 「役柄」に合わせて、ふさわしい感情表現をつくり出していく行為
③運動 反射神経を鍛えて、どんな状況でも正確な感情反応に結び付けていく行為 


「『感情労働』の視点からみる葬祭業の本質」は、月刊フューネラルビジネス2026年4月号より掲載しています。

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