――武藤 剛 東京女子医秘大学准教接
【連載】公衆衛生の観点からみた葬祭事業者のあり方と展望
2007年千葉大学医学部卒業、14年慶應義塾大学大学院修了。博士(医学)。総合内科専門医、社会医学系指導医、産業衛生専門医。専門は衛生学(環境保健、産業保健、国際保健)、内科学(免疫疾患)。国立国際医療センター、順天堂大学、Harvard School of PublicHealth、千葉大学予防医学センター、北里大学を経て現職(東京女子医科大学医学部衛生学公衆衛生学)。
厚生労働省「令和6年(2024) 人口動態統計」によると、わが国における年間死亡数は、1947年以降で最少(約67万人)であった66年以降、上昇の一途をたどっている。2022年には150万人の大台を超え、24年には160万人と過去最高を記録、人口1,000人当たりの死亡率も13.3まで上昇してきた(去る2月に公表された25年の年間死亡数は24年より微減)。
この半世紀、一貰して上昇してきた死亡数であるが、今後もさらに増加することが見込まれている。筆者を代表とする研究班は、23年度より厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)を受け、「安置所等における衛生甚準の確立に向けた実証研究」を担当。多死社会を迎えたわが国の葬祭業における労働衛生上の課題を整理し、解決の方向性を提言した。本シリーズは全6回でその内容をお伝えする。
図表1に、全国地域別の火葬場の炉数と死亡数の比較を示す。22年の段階で、すでに関東地方は他地方に比べ、炉l基当たり2倍以上の死亡数があり、特に1都3
県の首都圏では、逼迫状況の地域があると推定される。実際、本研究班の全国調査からも、火葬待ちに伴う遺体の安置期間の最大値(平均)は12.4日だった。
このような安置期間の延長と相侯って、首都圏を中心に安置施設(遺体ホテル)や保全措置(エンバーミング)施設の建設をめぐり、地域住民との合意形成不足から地域・環境保健の問題が発生している。さらに、孤独死や引取人のない遺体に関する「行旅病人及行旅死亡人取扱法」では、火葬前遺体の保管期間の定めがなく、自治体の負担増大が見受けられる。
こうした状況を踏まえ、本研究班として葬儀や遺体取扱い事業における労働衛生上の課題を整理したのが図表2である。主に3点、すなわち、遺体からの感染リスク
(接触感染)、遺体取違えリスク、ドライアイス取扱いに伴う二酸化炭素(CO2) 中毒対策(室内換気)を課題として抽出し、それを骨子に据えたガイドライン案を提示した。
遺体に触れる場合の感染リスクは、以前から血液や浸出液といった体液に含まれるB型肝炎等の病原体に留意する必要性が指摘されてきた。新型コロナウイルス流行の際、その発生早期よりあらためて本課題が社会的に着目されることとなった。これを踏まえ、2類感染症に同疾患が位置づけられた際には、厚労省から「新型コロナウイルス感染症により亡くなられた方及びその疑いがある方の処置、搬送、葬儀、火葬等に関するガイドライン」が公表され、これに沿った遺体取扱いが推奨された。
新型コロナウイルス感染症が5類感染症扱いとなった現在、このガイドラインは廃止となったが、遺体取扱い作業に従事する場合の感染リスクが消失したわけではない。医師の死亡診断後であっても、一定期間、体液(血液、体液、尿)中に存在するウイルスをはじめとする病原体は生存しており、接触を通してヒトに感染する可能性がある。直接遺体の肌に触れる作業のみならず、安置や搬送で使用する台やシーツに付着した体液からの感染、遺体の皮膚からのダニによる桁癬の感染事例が労災事例として報告されている。また、警察検案遺体からの
引取りの際、血性髄液の有無の確認のために行なった後頭部の穿刺孔から、時に見られる髄液等の体液漏出にも留意する必要がある。
遺体の死亡診断書に記載された感染症を確認するのに加え、感染症の有無にかかわらず、すべての遺体の血液、体液、分泌物、排泄物、粘膜、傷のある皮膚を感染の可能性がある物質と考え、手指衛生や個人防護具(手袋・マスク等)の着用を全作業で実施するなど、最も基本となる感染対策である標準予防策の導入が期待される。湯灌など遺体の肌に直接触れる場合や、エンバーミングなど血管や体内に直接アクセスする場合は、より厳重な対策が必要となり、教育が不可欠である。また、事業者には遺体を取り扱う従業員に対し、B型肝炎ワクチンの接種費用の補助を期待したい。遺体に対する礼節と、科学に基づく感染対策の安全作業の両立を模索する必要性が期待される。
複数の遺体を同時に搬送・安置することが常態化している都市部の葬儀社では、遺体の取違え防止対策がきわめて重要である。ガイドラインで紹介されているチェックシートを用いるなど、各事業者の特性に応じた対策が期待される(図表3)。
柩に付ける名札に、故人の名前・性別・年齢等の個人識別情報に加えて、安置日時、安置担当者、納棺日、湯灌や着替え、メイクの有無、通夜や告別式の日時を記載することで、遺体情報の個別化を図っている例がある。
遺体にメイクや処置を行なったことに加え、その実施日・故人名(喪家)・性別・納棺時の立会い有無、使用保全剤の有無(種別)、宗派(宗教)、棺種別、式日程の情報を記載し、遺体の傷や体液漏出口、感染情報等の個別情報を図示して共有している例がある。
柩を開けて遺体を覗き込む行為で、遺族などの二酸化炭素(CO2) 中毒による死亡事故が毎年のように散見される。消費者庁から注意喚起が呼びかけられているが、葬儀社内での教育および遺族に対する呼びかけが重要である。遺族の心情や文化・宗教的な要素から、少しでも遺体に近づきたい遺族の気持ちを察しつつも、冑故防止に努めることが必要である(図表4)。
研究班では、遺体安置室や作業室などの室内環境基準案を策定したが、その背景や根拠となるデータは、第2回以降の各論でご紹介する。葬儀の形態は、地域や文化・宗教的な特性が強く、儀礼としての敬いの思いと科学的な知見の調和が重要である。本シリーズでは研究班の提示するガイドラインの各論を紹介するが、より現場に即したガイドラインの改訂を今後展開していく予定である。
【文献】
1)武藤剛、大橋桜子、橋本晴男、大森由紀、横山和仁.安置・火葬場やエンバーミングに関する環境労働衛生上の課題と展望.保険の科学.65(11):757-761,2023.
2)武藤剛、猪口剛、石橋桜子、大森由紀、弘田量二、橋本晴男、鈴木規道、鍵直樹、横山和仁、小島健一.葬祭業や御遺体取扱作業に関する労働衛生上の課題と展望:葬儀業全国ヴょ宇佐の概況から考察する感染対策や安置施設環境の自律的整備.産業保健法学会誌.4(1):294-302、2025.
「【連載公衆衛生の観点からみた葬祭事業者のあり方と展望」は、月刊フューネラルビジネス2026年4月号より掲載しています。