――多幾宏平[マーケティングリアルティ]
【第4回】マーケティング視点の不動産投資講座
人々は商品購入の意思決定をどう下すのでしょうか? 「最も安い」「最も機能性が高い」と合理的に選んでいるように見えて、実は比較対象が何かによって印象の好し悪しが変わり、選択が大きく左右されることが分かっています。このことを「対比効果」と言います。人間の感覚は参照点(基準となる比較対象)との対比(相対的な違い)に惑わされやすいのです。
ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウス氏にちなんで命名された「エビングハウス錯視」という有名な理論があります。相対的な大きさの知覚に関連する錯視の一種です[図表1]。中心にある円は同じ大きさですが、左の大きな円に囲まれた方は小さく見え、小さな円で囲まれている方は大きく見えます。同じものでも、何と比較するかによって見え方が違うことを示しています。
[図表1]エビングハウス錯視
![[図表1]エビングハウス錯視](https://www.sogo-unicom.co.jp/cms/wp-content/uploads/2025/12/1552c4052aabb3960c75c5109940559f-400x220.jpg)
行動経済学者ダン・アリエリー氏の有名な実験も、この現象の強力さを示しています[図表2]。
その実験は、雑誌の購読プランを購読者に選んでもらうものです。最初にシンプルな2つのプランを提示。ひとつは「Web版のみで59ドル」、もうひとつは「Web版と紙媒体の両方で125ドル」です。この2択では、購読者は「66ドルの追加料金を支払ってまで紙媒体が必要か?」と費用対効果を慎重に吟味し、多くが安価なWeb版のみのプランを選択しました。この選択は、合理性を重視した判断に基づいています。
次に第3の選択肢として「紙媒体のみで125ドル」を新たに加えました。ここでは誰もこのプランを選びませんでした。同じ125ドルを支払うなら、Web版と紙媒体の両方のプランが圧倒的に優位だからです。第3の選択肢の意味は、「Web版のみ」と「Web版+紙媒体」で価格を比較することから、同価格の「紙媒体のみ」と「Web版+紙媒体」で優劣を比較することへ、購読者の焦点を誘導する「おとり効果」の役割にあります。
結果的に、最初の実験では選ばれにくかった「Web版+紙媒体」のプランが圧倒的に多くの購読者に選ばれました。先ほど説明したおとり効果で、「Web版+紙媒体」が「お得な選択肢」として魅力に映ったのです。
この理論は不動産の商品設計でも有効です。ユーザーに何と比較させるかによって、同じものでも感じる価値が大きく変わります。
私が関わっているプロジェクトで、長期滞在需要に対応した賃貸マンションの開発があります。その開発ではエリアと仕様を高級ホテルに近づけています。ここでは比較対象をマンスリーマンションではなく高級ホテルとすることで、物件価値の高さと合わせて割安さを感じてもらうことを意図しています。人は絶対的な価値ではなく意図的に配置された比較対象を基準に意思決定するというマーケティングの考え方と、賃貸マンションとホテルの賃料ギャップや長期滞在向け物件の需給ギャップといった不動産投資の考え方を融合したプロジェクトです。
その他、不動産に応用できそうな理論として「松竹梅の法則」による価格プランがあります[図表3]。最高値の「松」が最初に提示されることで、他プランとの比較の基準点となります。最安値の「梅」は、必要最低限の質はクリアするかもしれませんが、「ケチってしまった」という後悔のリスクを感じさせます。結果として、「松ほど高すぎず、梅ほど不安がない」という中間の選択肢である「竹」が、最も多くの顧客に選ばれやすくなります。「松」や「梅」が「竹」を魅力的に見せるための相対的な比較対象として機能していると言えます。
不動産の収益性を高めるには、顧客が比較する「参照点」を戦略的に設計し、物件の価値を相対的に高めるマーケティングの視点が有効となるでしょう。
本連載「マーケティング視点の不動産投資講座」
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